2005年04月27日

代価。

以前受けたお仕事の報酬が支払われました!!

やったー!!○○○元です。(秘密)

何かを得るには、それと同等の代価が必要  等価交換の原則
(某作品の言葉を借用)

この考え方は好きです。というより、この世の摂理として普遍的なものですね。
この世の中が、今こうしてあるのは、先人達の様々な犠牲(良い意味も含めて)の上に成り立っていると言っていいのではないでしょうか。悪い意味ではなく「犠牲」という言葉を使ったのは、一番ふさわしい言葉が見つからなかったからです。

この世の中の中心にある自然が一応の存在を維持しているのは、その自然が持続可能で再生可能の状態を維持するために、手を加えることを制限してきたからです。ここでまず、自然の力を押さえ込まず、時にはその力に耐えるという犠牲があります。

そして、人間の大きな活動として、経済活動があります。これこそ、獲得と犠牲のサイクルの典型ですよね。一番分かりやすいのが、仕事。働いた分だけ報酬を得る。自分の労働力を犠牲にして、生きていくための食料を得る。

しかし、この等価交換の原則は全てに当てはまるのでしょうか?

友達ができました。そこでは何かを犠牲にしているのでしょうか。
自分の時間を犠牲にしていると言うことができなくも無いですが、友達ができ、そこから得るものは計り知れないほど大きなものです。

昼寝をしました。夢で大発明に繋がることを見ました。そこでは何かを犠牲にしているのでしょうか。
睡眠をとるために、やはり、時間を犠牲にしていると言えます。しかし、その睡眠の中には、大発明という大きな獲得を含んでいます。この部分と等価のものは何でしょう?明らかに昼寝で時間を犠牲にしたことと釣り合いが取れません。

自分で書いておきながら恐縮ですが、こういう哲学系の考えにふけってしまうと、抜け出せなくなってしまうので、今日はここで切り上げですダッシュ(走り出すさま)
posted by シャンヂョン | 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中国生活日記
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