2006年01月28日

新年を前に思う


新年?
そう。今日は大晦日ですよ!

明日から新年です!


何を言っているんだ?お前は?

と突っ込まれる出だしですね。

ええ。確かに日本では実感がありませんが。

今日は大晦日なんです。

まだ言うか、お前は・・・

説明させていただきます。

中国では旧暦で節句を祝っておりまして、旧暦のお正月を「春節」として盛大に祝います。この時期の中国は、爆竹が鳴り響き、祝い事にはかかせない龍や獅子が舞い踊り、たいそう賑やかです。

と言うわけで29日が「春節」なのです。

中国でも西暦での正月も祝うので、年に2回、正月があると思っていただければいいかと思います。

新年を目前に控えまして、自分の今後を考えています。

ええ。就職についてです。

今一番頭と時間を割かざるを得ないものです。

私は、就職先として「教育」に関われる業種を望んでいます。

勿論それ以外でも中国との関わりが持て、充実感を得られれば、その仕事でがんばる気持ちもあります。

そう考えるのは、甘っちょろいですが・・・

何故教育なのか。

自分でも良く分からないほど、のめり込んでいます。何故でしょうか。

教育学部に行けばよかったのかもね。

でも、世界を知りたかった。
その上で、世界の、日本の、子供たちのために出来る事を生み出せると感じていたんです。

今の大学で学べている事は非常に感謝しています。
のんびりし過ぎの環境はたまに傷やけどね^^;
大きく世界を捉えられる人々で溢れているっちゅうことです。


日本の子供たちに少しでも多く、世界に目を向けてもらって、日本と言う国を素晴らしい国として自信を持ってアピールしてもらいたい。

教師になるつもりはありませんでした。

学校と言うテリトリーの中から世界を切り開くには、相当の時間とコネを必要としますし。世界と繋がるために学んでいる英語という壁があります。勿論それは現在の世界とリンクする非常に強力な武器です。(決して、道具ではありません)

英語からみえる世界と言うのは、凡にしてアメリカ的。

これは学校教育に持ち込まれたものがアメリカ英語だからです。

私が小中学生のころ、学校とは別に、オーストラリア人の先生に英語を習っていたのですが、その先生曰く「アメリカ英語じゃだめだ!イギリス英語をやりなさい。」と言われた事を今でも強く覚えています。

その先生がオーストラリア人だからというわけではありません。
何故、アメリカ英語ではなくイギリス英語なのか。

先生が考えていることも先に書いたことに通じるものだったのです。

「アメリカ英語ではアメリカ的な見方しかできない。ヨーロッパではアメリカ英語が通じないことが多いよ。だからイギリス英語をやろう!」

そう言っていたのです。

世界を見るとき、アメリカ英語の威力というのは強大かもしれません。
しかし、それは画一的になる危険性を孕んでいるという事です。
つまり、アメリカ的発想に支配されてしまう危険です。

アメリカ英語を学ぶ上でこの点を注意していれば、その武器はほぼ無敵なほどの存在になるでしょう。

こうしたことを学校というテリトリーの中で、どれだけ子供たちに教えられるか。

この点が非常に不安でした。

現場の先生方からは批判を頂く事でしょう。

しかし、そう思わずにはいられないのが現状の教育です。

高校に入ってからは完全に受験英語でしたからね・・・

そして子供たちの国語力。

日本を自分の国として、本当に理解し考えるには国語力の低下は致命的です。

私は専門で日本語学を学んでいなかったので、専門的なことはいえません。
しかし、英語、中国語、かじった程度のイタリア語とやってきて、日本語の美しさと言語としての緻密さを感じました。

外国語をやった人はこう感じる事が多いそうです。

日本語の世界に、日本という文化が詰まっていると感じる事もあります。

例えば、以前も書いたのですが
「ありがとう」
英語だったら「Thank you」ですね。
どちらも、相手に感謝するという意味です。

では先ず英語から
「Thank」+「You」
「Thank」は古英語thancian (thanc考え、思いやり)から来ています。つまり(思慮)という点において「think」にも繋がります。
「You」は(あなた)です。

よって、「あなたの事を思いやっています」という事です。

何かを頂いたり、してもらったりして、私はあなたの事を考えずに居られません。

だから、「あなたの事を思っています」→「Thank you」

では次に日本語
「ありがとう」
漢字で書くと良く分かります。「有難う」
相手との貴重で得難い時間を自分は得ている。だからこそ有り難い。
そこに有ることが難い。
「滅多に無い、貴重だ」という事です。
相手の大切な時間を自分の為に使ってくれた。だからこそ「ありがとう」。
こういう考えの上に「ありがとう」はあるのです。

どうですか?

単純な比較ですが、英語と日本語の言語の気持ちの織込み具合はこんなにも違いがあります。

勿論これを使う人間の気持ちの込めようで、その言葉の持つ空気は変わってしまうので、英語で「Thank you」と言っても、ものすごく繊細で温かい心を混ぜる事は可能です。

しかし、言葉のみを見た場合、日本語の繊細さは明らかです。

このように、日本文化の繊細さはその言葉に表れていると思うのです。

こうした所からも、子供たちが日本を感じて、もっと自分達を見て欲しいのです。

その上で、世界を見渡す。

自分がどのような存在か、つまり、アイデンティティを確保し、世界に羽ばたく。

こんな子供たちが溢れれば、この世の中がワクワクで満ちてきませんか?

簡単に、そして単純に書いてみましたが、新年を前に気持ちのリセットをし直してみています。

こう考えていることも幼稚で、アホらしい事なんかなぁと思いつつも。
ブラッシュアップされた人々を前に自分の能力の無さにへこみつつも。

自分が就職活動をするのは何のためか。
何を信念に就職活動しているかを確実にするために。
posted by シャンヂョン | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
新年に向けて、いよいよカウントダウンですね!

就職活動…うーん、実は私は大学卒業後の進路が既に決まっていたので、やったことがありませんでした。
夢は「作家をしながらナース」だったんですけど、現実は「家業の跡取」でしたから(でも逃げ出してしまいましたが…)。
で、結局現在は作家を目指しつつ派遣事務員ですが。

就活をまともにやってない私が軽々しく言えることじゃないんですけど、とりあえずどんな職でもいいから「就いて働きながら、夢を追いかける」というのもアリかな…って。
学校ってモラトリアムだから、それ故に経験できることもある。
就職すれば責任ができるから自由はきかないけれど、そこでなければ経験できないこともある。

いろんな選択肢や考えなきゃいけないこともあるだろうけど、悔いだけは残らないようにと祈っています。
Posted by nie at 2006年01月28日 21:30
>nieさん
そうですよね!どんな道もアリですよね!
まだまだ未熟である事を痛感してます。
どんな道も経験ですよね。

不安が沢山あって、時にはなかなか高い位置で気持ちを維持できなくなったり・・・
でも、自分を成長させてくれるという気持ちを心に。
悔いを残さないように精進します!

nieさんのお話しからいつも勉強させてもらっています。ありがとうございます。
Posted by シャンヂョン at 2006年01月29日 20:36
熱いね、きょうちゃん!
頑張ってください!
Posted by くろっち at 2006年01月29日 22:22
>くろっち
ありがとう!
お互い頑張ろうねー。
Posted by シャンヂョン at 2006年01月30日 16:07
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